君にまっすぐ

ガンッ

《恋人》《結婚》という言葉に頭をハンマーで殴られたかのような衝撃がはしる。
友人としてそばに居てくれればいいと思っていた。
毎日のように駐車場で会うことができ、たまにドライブや食事に行く関係。
もちろん、肉体的欲望を感じなかったかといえば嘘になるが、それはただの男としての欲求だと思っていた。

「坊っちゃん。」

額に手を当て考えこんでしまった孝俊に田中は執事として働いていた時と同じように優しく声をかける。

「彼女が結婚すると想像してどう思いました？」

「…。嫌だ、と思った。」

「でしょう？」

「なぜだ、俺も結婚するし、彼女は友人で喜ぶべきところなのに。」

「喜べるわけないでしょう。恋する相手の結婚を。」

「恋する？」

訳がわからないというような顔で孝俊は田中を見る。

「ええ、むしろ坊っちゃんのそれは愛と言ったほうがしっくりくるかもしれませんね。」

「愛…？」

孝俊はさらなる混乱顔だ。

「全く、まだお気づきになられていなかったとは鈍感にもほどがありますね。仕事のキレっぷりが嘘のようです。私はあなたの教育係ではありましたが、ここまで教育することになるとは思いもしませんでしたよ。坊っちゃん、いいですか？あなたは彼女のことが好きなんですよ。」

「俺が、あかりを、好き…？」

「そうです。彼女のことが気になる、一緒にいて落ち着く、楽しい、これからも一緒にいたい、これらは好きという感情からくるものです。」

「…。」

「まぁ、坊っちゃんにとって初めての感情ですから混乱するのもわかります。ですが、早くその感情を受け入れたほうが身のためです。そうすれば自ずと自分のやるべきことが見えてくるはずですから。」

それでは、今日もお仕事頑張ってくださいと田中はその場を後にした。
残された孝俊は呆然としたままエレベーターに乗り込み、オフィスへと向かう。
その後の仕事中も頭がすぐに田中との会話の内容に気をとられてしまい、なかなか進まず、その珍しさから秘書に体調を心配されるほどだった。



孝俊があかりを好きだということ。
冷静になり考えれば考えるほど、その言葉以上に自分の気持ちにしっくりくるものはなかった。
そう、孝俊はあかりのことが好きなのだとやっと自覚した。
彼女の笑顔が見たい、いや孝俊が彼女を笑顔にしたいという気持ちはもう誤魔化しようがなかった。
好きだということを自覚した途端、心がボワっと温まるような気がした。
しかし次の瞬間、自分の状況を思い出し、心が凍った。

親の決めた政略結婚。
逆らうことは許されない。
周りの学友たちも御曹司や令嬢が多く、そのことを当たり前のように受け入れ疑問に思ったこともなかった。

孝俊はあかりが好きだと気付いてしまった。
しかし冷めた結婚だとはいえ、あかりを愛人になんてする訳にはいかない。
むしろあかりが愛人になるような女性だったら、好きになることもなかったはずだ。
ならば、孝俊がすることはただひとつ。
この感情を封印することだ。
彼女が結婚するようなことがあっても、この感情を無視することができるはずだ。
武堂家の長男として生まれてきた宿命を受け入れるしかないのだ。