あなたの前でだけ
由鷹と付き合うようになってから少しは「女の子」を意識した。
とは言っても、今までパンツしか穿かなかった人間がスカートをすんなり穿けるわけもなく、現状キュロットが妥協点だった。

由鷹はそんな私の女の子コンプレックスを理解してくれているし、私がどんな格好をしていても「かわいい」と言ってくれる。

だからこそ、由鷹が望んでいることはできるだけ叶えてあげたいわけで。

「うーん…。ハードル高い…かも」

自分から由鷹にキスをする自分を想像してしゃがみこむ。

おねだりっていうか、甘えるっていうか、どうしてみんなそんなことできちゃうんだろう…。

「掃除しよ」

立ち上がってふとつけっぱなしだったテレビに目を遣る。

『本日のバレンタインイベントは、朝早くにも関わらず、こんなにたくさんの人々で溢れかえっています』

リポーターが示す先にはイベントホールに集まるたくさんの女の子たち。
数あるチョコレートブースにはどれも大勢が並んでいる。

『実は、今日は有名ブランドのチョコレートを手作りできるというキットが本日限定で販売されており、数量が限られているものも多いため、このように皆さん並んでいます』

「手作り…」

バレンタインにチョコレートを渡すことはあるけれど、さすがに手作りはやったことがない。
料理はともかくお菓子作りはそんなに得意ではないし、作るより買うほうがはるかに美味しいし手間もないからだ。

『やっぱり、手作りが一番気持ちが伝わると思うから…』
『彼に、形はどんなのでもいいから作ったものが欲しいって言われて』
『手間をかけた分だけ愛情が入っているので』

インタビューを受ける女の子たちはみんな目がきらきらしている。
きっとみんな好きな人のことを思い浮かべているからだ。
バレンタインは製菓業界の戦略で盛り上がるのではなく、いつもは言えないことやできないことを、イベントの力を借りて伝えたいという女の子たちの勇気と努力が盛り上げるのだ。

なら、私もその力を借りてみたい。

「よし!」

気合を入れて出かける準備をする。

今日は、初めての手作りチョコを作ろう。
由鷹にいつも伝えられない想いを込めて。

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