あなたの前でだけ
「ただいまー」

玄関のドアを開く音と共にリビングのドア越しに由鷹が見えた。

「お帰り、由鷹」
「うん。今日も寒くてさー」

そう言いながらテーブルに置かれた小さな紙袋。

「それ今日もらったやつ。バレンタインって女の子大変だよなー。わざわざおれらにまで義理チョコ用意しないとなんて」
「そうだね…」

由鷹は何でも無さそうに言うけど、中に入っていたのは売り物ではなく一目で本気だと分かるラッピングの箱だった。
職場の男性社員の義理チョコにはどうみても相応しくない凝ったラッピング。キラキラリボンの隙間にはメッセージカードらしきものまで入ってる。

「由鷹、これってみんな同じものもらったの?」
「いや、なんかそれぞれに担当いるんだって。みんなに渡すの大変だからって」

それ、確実に由鷹に本気チョコ渡したい人の作戦じゃない?

しかも既婚だって知ってる由鷹にこんなに凝った手作りチョコを渡すなんて私への挑発と取られてもおかしくない。

でも、そんなことができるくらい自分に自信を持ってるんだ。きっと、私とは比べ物にならないくらい。

「それくれたのまだおれより若い子なんだけど、お菓子作り上手でたまに課のみんなに作ってきてくれるんだよ……って、心!?」

視界が歪んだと思ったら涙が伝っていた。
ネクタイを外す途中だった由鷹が首に引っ掛けたまま私の顔を覗き込む。

「………っ」
「どうした、心?」

由鷹の表情はとても心配そうで、労るような優しい声にまた涙が伝う。

由鷹はこんなに素敵な人なのに、どうして私はこんなに弱くてコンプレックスばかりなんだろう。
姿の見えない女の子のチョコレート1つに負けた気分になってしまうなんて。

「義理でも嫌だった?」

あくまで義理チョコだと思い込んでいる鈍い由鷹は覗き込むのを止めて私を優しく抱き締めた。
背中をポンポンと軽くさすってくれる。

「…そうじゃないよ」

優しい温もりに涙も止まり、顔を上げると腕が緩んで間近に由鷹を見る。

「あの、私も由鷹に渡したいものがあるの」
「ん?なに?」

由鷹の腕の中を抜け、冷蔵庫から箱を取り出す。
赤とダークブラウンのバイカラーの小さな箱。
リボンもかかっていないシンプルな箱を手に由鷹の前まで戻る。

「…見たらがっかりするかも…」
「開けていい?」

頷くと由鷹は蓋を開ける。
中には昼間作ったチョコレートケーキだ。
本当はハート型になる予定だったのに、上がくっついて三角形に似た不格好な形になった。

「うわ、うまそう!つかこれ作ってくれたの?」
「う、うん…」

由鷹は嬉しそうに笑って私を見る。
こんなに下手なのにそんな表情してくれるなんて。

「嬉しい!心の手作りバレンタイン初めてじゃん」
「今日、由鷹のためにどうしても作りたくて…」
「ありがと。もうおれ心のその気持ちだけで十分幸せ。あ、チョコレートケーキももちろん最高に嬉しいけど」

いつも由鷹はこうしてたくさん言葉をくれる。
今日は、私が伝える日だ。

「由鷹に伝えたかったの。由鷹はいつもたくさん気持ちをくれるけど、私はなかなか言葉にできないし、由鷹がしてほしいことも…できてないし」

由鷹はテーブルにケーキの箱を置き、私と向かい合う。
口元に笑みを浮かべて優しい表情で私の言葉を待っている。

「でも、由鷹が好き。いつも優しくて私を支えてくれる由鷹を私も支えたい。全然女の子らしくないけど、少しずつ由鷹に相応しい奥さんになる。だから、」

顔を上げて由鷹と瞳を合わせる。

「だから、これからも私のこと好きでいてください」

伝えきった安心で表情が緩んだとき、唐突に由鷹に唇を塞がれた。

「んっ」

思わぬ深いキスに呼吸が乱れる。
由鷹の腕に強く抱き締められるほど胸の奥からどうしようもなく愛しい気持ちが溢れる。

「はー…もう、心はおれをこれ以上夢中にさせてどうする気なんだよ」

唇を離すとまたぎゅっと抱き寄せられる。
肩口に降る甘い言葉に自然と笑みがこぼれた。

「…もっと夢中になって」

ぼそりと呟くと肩を捕まれて目を合わせられる。

「心、煽った責任はしっかりとってもらうからな」
「え…?」
「今日は寝かせねぇから」
「!!」


愛を伝えるバレンタインデー。
一歩踏み出したその夜は甘い甘い時間となるのだった。



-fin-


















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