冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「君は……」

 呆れたように溜め息を吐くディオンに、フィリーナはまた自分が不躾なことを口にしたと気づいた。

「わっ、わたくし、失礼にも踏み込んだことを……っ」

 申し訳ありません、と慌てて頭を下げると、ふ、と小さな吐息が零された。

「グレイスが君に構っていた理由がわかったような気がする」
「えっ」
「君があれのそばに居てくれるなら、こんな安心は他にないかもしれない」

 少し前までのグレイスとの時間が思い出され、どきりとして驚き上げた顔は、赤くなっているとわかった。

「グレイスは、母のことを……母からの愛情を知らずに生きてきた。
 母は、あれがまだ幼い頃に亡くなったからな」
「はい……」
「女性に軽薄なのも、ちゃんとした愛情を知らないからなのかと思っていたが、君には違う目を向けていたような気がしていた」
「そんなことは……」

 グレイスがそのような目を向けていたのなら、それはフィリーナが簡単に使えるような小娘だったからではないだろうか。
 それ以外に、特別視されるようなものを自分が持っているとは思えないとフィリーナは謙遜する。
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