冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
6章 魔の手
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 紫の煌めきが揺れる漆黒の瞳。
 あの深さに、取り込まれてしまいそうだった。
 それほど、ディオンの思いが強く大きいものなのだと伝わってきた。
 いつだって毅然としていて聡明で、物事のすべてを把握し、事実上国王不在状態のバルト国を常に思慮している王太子。

 だけど、その思いの大きさに、彼自身が潰されてしまわないだろうかと、フィリーナは心配になった。

 ――私ごときが、心配するなど身分不相応もはなはだしいわ……
 けれど、漆黒の瞳に揺らめいた切なさが、ディオン様の表に出てこない心を垣間見せられたようで――……

「そこ!! 額縁はもっと丁寧に扱いなさい!!」

 フィリーナは大きな声に驚いて、抱えていた桶を落としそうになった。
 ちゃぽんと波打った水に濡れた腕から顔を上げると、メリーが大広間に運ばれてきた新しい絵画に向かって仁王立ちをしていた。

 晩餐会まではもう半月を切っている。
 絨毯や窓掛け、クロスの新調など、大広間の装飾周りを担っているのは家政婦長であるメリーだ。
 ゆえに、日を追うごとにメリーの目は、段々と鋭利な三角に吊り上がってきている。
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