冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 大広間の窓際に脚立を下ろすと、ダウリスは一人になったディオンの方へと行ってしまった。
 よし、と気持ちも新たに曇ったガラスを睨みつけて、手の届かないところは、脚立に登って磨いていく。
 さすがに、いつもの自分の目線よりも高い位置まで登ると、背中がぞくぞくと震えた。

「フィリーナ! そこに登っているついでに、窓掛けを全部外してちょうだい! 新しいものが届いたから取り替えるわ!」
「はいっ、かしこまりました!」

 再び大きな声を出したメリーに話しかけられて、フィリーナがびくりとしながら見下ろすと、彼女はさっさと立ち去っていくところだった。
 とくに怒っているわけではないのだろうけれど、準備に追われて気が立っているようだから、思わず肩をすくめてしまう。

 少しでも触れたら何かを爆発させかねないので、いそいそと指示を全うする。
 窓の最上部まで磨いたあと、そのさらに上に掛かっている窓掛けに手を伸ばした。
 あと一段脚立を登ったところで、突然、視界がぐらりと傾いた。
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