冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――え……?

 指の向いた先にある葡萄酒色の窓掛けが、フィリーナの意思に反して離れていく。
 そして、身体はふらりと空中に浮いた。

「フィリーナ……ッ!!」

 遠くなる窓硝子に反響して聴こえた名前。
 身体の重みに、自分が引きずり降ろされる。

 ――あ、落ちる……

 気づいたときには遅く、脚立が床に叩きつけられる音が間近で盛大に鳴り、背中は強い衝撃で、……温かいものに、包み込まれた。

「大丈夫か……ッ!?」

 衝撃を覚悟してぎゅっと固めていた全身。
 同時に強く瞑った瞼を、掛けられた声に恐る恐る開ける。
 思っていたよりも痛みを感じなかったと安心したのは一瞬で、見上げた視界にあった漆黒の瞳に、心臓が痛くなるほど目いっぱい驚いた。

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