冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「どこか痛みはないか?」

 今までに見たことのない表情で動揺を隠せず、鼻根を寄せるのはディオン。
 脚立から落ちたフィリーナを、間一髪で怪我なく抱き留めたのだ。

「だっ、だだだ大丈夫でございます……ッ!」
「そうか、それならよいが」

 深く吐き出される安堵の溜め息が、激しく胸を震わせる。

「も、申し訳ございません……っ」

 抱き止めてくれたディオンから離れても、身体に残るたくましい腕の温かさが胸の奥でおかしな音を立てさせた。

「しかし……」

 ディオンは倒れた脚立をいぶかしげに見やる。

「きちんと安全は確認しておけ」
「申し訳ございません……しっかりと留め具は掛けたはずだったのですが……」

 足を閉じ横たわる脚立を見て、ようやく恐怖が襲ってきた。
 辿った記憶は間違いだったのか、足が閉じないようにと掛けておいたはずの留め具は外れてしまっていた。
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