冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ……わかっている。
 グレイスはレティシア姫を想っていて、フィリーナのような使用人はただ使い捨てるだけの駒でしかないこと。

 それなのに、ディオンに言われて、自分のことをほんの少しでも心の隅に置いてくれているかもしれないと期待していたのだと気づかされて、心臓が潰れてしまいそうなほど痛んだ。

「親しくしていたのはお前の方じゃなかったか。そんな言い方をしなくてもいいだろう」
「ずいぶんとこれに肩入れするんだな。フィアンセのことはないがしろにして。
 レティシアが知ったらさぞ哀しむだろうな」
「お前は一体何の話を――……」

 二人の掛け合いが激しくなりそうなところで、ディオンの言葉を遮るように、グレイスは両手を強くテーブルに叩きつけて立ち上がった。
 威圧を込めた大きな音が広間に響き、肩がすくむ。

「食事が不味くなった……部屋に戻る」

 不機嫌に呟くと、グレイスは並べたばかりの食事に手を付けることなく、テーブルから離れてしまった。

「メリー、あとで口直しを頼む」
「かしこまりました」

 広間の入り口にいたメリーに声を掛け、出て行く不機嫌な背中。
 そちらを見送ったディオンは、短く溜め息を吐いた。
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