冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「まるで子供だな。
 すまない。気を悪くしないでくれ」
「い、いえ、わたくしは……」

 なぜか謝るディオンは、声小さく答えたフィリーナをそっと見上げてきた。
 冷淡なように見えていた漆黒の瞳には、労りと優しさが滲んでいて、痛んだ胸がやんわりと撫でつけられる。

「よほど私と君との会話が気に食わなかったらしい」
「そんなことは……」

 フィリーナは、きっとそうではないのだと思いながら、グレイスの分の食事を下げる。
 グレイスが口にしたのは、ディオンが、フィリーナのような使用人と親しくしていては、レティシアの立場がなくなってしまうからだ。

 だけど……本当にグレイスの言う通り、ディオンはレティシア姫をないがしろにしているのだろうか。
 フィリーナにはどうしても、そのことには違和感を覚えずにはいられなかった。
 だからと言って、フィリーナがそれを確かめる必要も、権限も、できる力もない。
 おとなしく、ディオンとレティシアの結婚を見守る他ないのだ。

 いつか見た、互いに歩み寄り微笑み合っていた二人の姿を思い出して、ちり、と心に小さな焦げ目が付いたことには、気づかないふりをした。



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