冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
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 グレイスに言いつけられ部屋に向かったメリーに代わり、今日はフィリーナが国王様の食器を下げに行く。
 王宮の離れにいる国王陛下は、食事ですら執事の世話が必要なほどだとフィリーナは聞いていた。
 この王宮に勤めるようになってから一度も見たことがない国王には、謁見することもなく執事から空の食器を受け取った。
 ワゴンを押し、給仕室まで戻っていると、少し先の方で部屋を出てくるメリーを見つけた。

 ――あそこはグレイス様のお部屋……
 ……今まで、居たのかしら……

 メリーがグレイスの部屋に向かったのは、腹を立てた彼が広間を出てからすぐあとだった。
 フィリーナがディオンの食事を待って、広間の片付けをするまではだいぶ時間が経っていた。

 ――お話しの相手をしていたのかもしれない。

 数日前まで、自分が居た場所に立つメリーを想像して、恥ずかしいほどの嫉妬が胸を苦しくさせる。

 でも……

 ――“ダウリス、メリーから目を離すな”

 昼間、ディオンがダウリスに命じていたことを思い出す。

 ――まさか、そんなことは……

 あの小さな包みを受け取った自分と入れ替わるメリーの姿を想像して、フィリーナは背筋を冷たく震わせた。


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