冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「何をそんなに怯えている? 僕がお前に手を掛けるかもしれないからか?」

 ふるふると首を横に振るのが精一杯。
 抱えた桶の冷たさが、震えを煽った。

「僕は何もしないさ、自分の手を汚してどうする? 元も子もない」
「……!?」

 まるで、誰かになら手を掛けさせてもいいような物言い。
 信じたくはなかったけれど、ディオンが察していたこては、的確だったのかもしれないと思った。

 ――まさか、メリーが昨日の脚立を……?

「彼女を救えたとしても、僕が隣にいなければ意味がないだろう?」

 さらに距離を詰めてくるグレイスの、愛する人のためだとは言え、ディオンを手に掛けようとした心の冷たさが伝わってくる。

「ご相談されることは、叶わないのですか……」

 桶を抱える手も、グレイスの心に触れた胸も、凍えるように冷たくて、口唇が震えた。
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