冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑

「相談? 何を?」
「ディオン様に、グレイス様のお気持ちをお伝えすれば……」
「兄に僕の恋慕を晒せとでも? 言ったところで何が変わるわけでもないのに?
 第一、国を一つ守るためだけに心無い婚姻をするあれが、無益なことを良しとするわけがない」
「ディオン様は、レティシア様を粗雑にされているようには思えません……」
「ずいぶんと知った口を利くじゃないか、フィリーナ。
 兄に毒づけられたか?」

 首をかしげるグレイスは、フィリーナの目の前に立つと、力任せに細い腕を掴んだ。
 支えのなくなった桶が腕から滑り落ち、石畳に水を撒き散らした。

「やはり、あのときカップを放ったのは、お前の方だったんだね」
「……ッ!!」

 ギリ、と腕の骨が軋むほどの強さで引き寄せられ、冷たい身体に腰を抱かれる。

「調教が、足りなかったようだな」

 密着したまま顎を掴まれ、陰った顔が落ちてくる。
 久しぶりに間近に見た碧い瞳はそこに一切の煌きを持たず、食べられるように含まれた口唇は、氷のように冷たかった。
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