冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 全身の血を抜かれたような寒気に、思いっきり身体を突き飛ばす。
 意外にもあっさりと離された身体は反動でふらつき、水浸しの石畳に倒れ込んでしまった。

「ああ、フィリーナ。あんなに僕の口づけに夢中になっていたのに、どうしたというんだ」

 見上げたグレイスの顔には、どうしたと訊くほど心配の表情は見えない。
 冷たく見くだす瞳に、震えの治まらない口唇を押さえた。
 押さえても、心の中に生まれていたたぎるようなときめく気持ちはぞろぞろそ零れていく。
 今まで生きてきて感じたことのなかったとろけるような胸の熱さが、零れ出す気持ちとともに温度を失くした。

 ――初めて持ったこの想いは、グレイス様に、意図的に仕立てられたものだったんだわ……

 まろやかな声で優しく囁いて、触れ合うことの甘さで魅了して、心を盲目にさせられた。
 それに、まんまと陥ってしまっていたのだ。

 今さら気づいた自分の愚かさに、喉の奥が強く痛む。
 込み上げてくる悔しさは、目元をじわりと滲ませた。
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