冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*

「娘」

 これから王子達の食事の支度のため広間へ向かっていると、突然掛けられた声にびくっと肩を震わせる。
 前にも一度聞いた呼びかけに振り返ると、ダウリスが辺りに視線を巡らせて歩み寄ってきた。

「見せてみろ」
「え?」
「その懐にあるものだ」
「……」
「早くしろ。誰かに見られては困る」

 給仕室で、ダウリスは目ざとくフィリーナの行為を見つけていたらしい。
 とぼけたような顔も作れず、言われるがままにスプーンを差し出した。
 それを見た途端に、ダウリスの健康的なお顔が苦々しく歪む。

「やはり、盛られていたのか」
「……はい、そのようです……」

 先が黒ずんだスプーンを前に、弱々しい返事で頷いた。
 メリーから受け取ったスープには、……毒が盛られていた。
 普段と変わらず、静粛に食事の時間が終わったのを見ると、おそらく、いや、明らかにフィリーナだけを狙って毒が入れられていた。
 その証拠に、毒に反応する銀のスプーンが変色した。

 はっきりと口にされると、身に迫った恐怖がやたら現実味を帯びる。
 震えを誤魔化せないフィリーナの背に大きくたくましい手を添え、ダウリスは優しく誘導した。

「ディオン様の元で、話を」

 フィリーナはこくりと小さく頷くことが精一杯で、ふらつきそうになる足を奮って一歩踏み出した。



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