冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「い、いえ……」
 
 ふるふると頭を振り、小さな声しか出なかったフィリーナの横で、ダウリスが代わりに答えた。

「娘は自分で混入を見破ったようなので」

 すっとディオンの前に差し出された先の黒ずんだ銀スプーン。

「なんてことを……!」

 ディオンは悔し気に大きく溜め息を吐き出した。
 自分なんかのために、一国の王となられるお方に不安と心配を掛けさせてしまっている。
 ディオン王太子はもうすぐ開かれる晩餐会の準備や、戴冠式、婚儀も控えているのに。
 余計なことに手間を取られている時間などはないのだと、フィリーナは酷い罪悪感にさいなまれる。

「……もうしわけ、ございません……」

 漆黒の瞳から視線を落とし、深く頭を下げる。
 
 今自分の身に何かがあれば、王宮が混乱するどころか、その混乱が国の不安を煽りかねない。
 私欲のために招いた事態は、自分で収集しなければいけないのに。
 グレイスの心を知る自分に、何かできることはないのかと考えていたのに。
< 128 / 365 >

この作品をシェア

pagetop