冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――私のせいで、ディオン様にまでご迷惑をおかけするわけないはいかないと思っていたのに……

 お腹の前で組んだ掌が震える。
 うつむいた視界の中に、すっと影が差してきた。

「フィリーナ」

 そこで膝をついたのは、高貴な人。
 はっと気づく前に、震える手が、温かくて大きな掌に掬い取られた。

「怖かったろう、ひとりで立ち向かうのは」

 見上げてくる漆黒の瞳に、フィリーナの胸は大きく音を立て鼓動を打った。
 そして、その黒の深さに心の中の不安と恐怖が吸い上げられていくように感じた。

「私が守ると言いながら、そばにいてあげられなくて、すまなかった」

 温かく包み込まれる手に、ぽたぽたと水が滴り落ちてきた。
 大きな掌が舞い上がり、そっと触れてきたのは、水滴の湧きだす源。
 吸い上げられた恐怖と不安は、涙となってフィリーナの目から溢れ出していた。
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