冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「君は強い娘だな」

 濡れる頬を包む温かな掌。

 ――“使えない娘だ”

 心に突き刺さっていた言葉を、目元を拭う親指が撫でつける。

「だが、か弱いただの女だ。守られて然るべき一人の女性だよ」

 ただ使い捨てるだけでしかないはずの使用人のために、高貴な掌が濡れる。
 だけど、ディオンの深く壮大な漆黒の瞳は、それもいとわない。
 にわかに細められて、そこに優しさを垣間見ると、心が安堵に凪いだ。

 澄んだ声の言葉に、何かを勘違いしそうになる。
 
 ――ディオン様は、この国のためを思って言ってくださっているだけなのに。

「今回は君の賢さが働いて免れることができた。しかし、そのあとはどうするつもりだった? 次は何をされるかわからないのに、その次だってどうなるかわからない。
 これだけのことに見舞われている状況で、先日君が思っていたように『自分で致した』とはもう言えないだろう」

 フィリーナに何かあったときの、その先を見据える漆黒の瞳が責任の重さを宿す。
 立ち上がったディオンは、高貴な雰囲気をまとい寛大な心でフィリーナを真っ直ぐに見つめた。
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