冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「私はこれでも、一国を担おうとしている者だ。フィリーナ、私を頼ってくれないか?」

 わずかに首をかしげさらりと揺れる漆黒の髪。
 前髪のかかる目元は大きな責任を全うしようという勇ましさが見える。
 震えはいつの間にか治まっていて、触れられていた頬は静かに火照った。
 同時にささやかなときめきを生んだ胸が、自分を見つめてくる瞳にきゅっと締めつけられる。

 目の前にいるのに遠く感じるのは、主と使用人の間にある差。
 ほんの少しだけ淋しいと思ってしまったのは、フィリーナはやはり守るべき大勢の国民のうちの一人だからこそ、ディオンは優しい言葉を掛けてくれただけなのだと感じたからだ。

 ――お話しをさせていただいて、身に余るお言葉を掛けていただけただけで、勘違いするようなことは、何もないのに。
 
 見つめてくれる高貴な眼差しからしゅんと視線を落とた。

「フィリーナよ。
 誰がこんなことを仕向けたのか、私を快く思わない者が誰なのか、聞かせてくれるか?」

 視線を落としたまま、はたと瞬く。
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