冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「それはできない」
「え……」

 グレイスの心を察していたのなら、レティシア姫の婚約も白紙にできるのではないかという希望は、すぐに打ち消されてしまった。

「君が優しい心を持っていて、グレイスを想う気持ちがあれの幸せを願ってくれていることはよくわかる」

 フィリーナの願いを察してはくれるものの、それは受け入れられないとでも言うように、視線は置き去りにされた。
 窓の外、濃い橙を押し潰す夜の空のその向こうを見やる瞳には、いつもの冷淡さを見た。

「君は知っているか。ヴィエンツェが今、危機的状況を迎えていることを」

 あまり世の情勢に詳しくないフィリーナは、残された視線を手元に落とすしかない。

「国民のほとんどが貧困と飢えに苦しんでいる。
 傲慢な国王が私腹を肥やしたいがためだけに、国民から食糧や税をむしり取っているからだ」

 ヴィエンツェの国王といえば、レティシア姫の父だ。
 まさかと思うような事情に衝撃を受ける。
 情勢があまり良くないことは聞いていたけれど、詳しい話は知らなかった。
< 134 / 365 >

この作品をシェア

pagetop