冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「レティシアと婚姻関係を結べば、ヴィエンツェ国は事実上バルト国の領地になる。
 つまり、周辺諸国に遠慮することなく、あちらの国民の負担を軽くすることができるのだ。国の領土権と引き換えに援助を受けたい国は多々あるからな」
「ヴィエンツェはそれほど窮地にあるということですね」

 “できる限り手の届くすべてを守りたい”と言っていた意志の強い瞳を見上げる。
 漆黒の瞳が真っ直ぐに見つめる先は、ヴィエンツェ国だ。

「ディオン様、あの……
 差し出がましいようですが……その婚姻は、グレイス様がお相手では叶わないのですか……?」

 見つめていた漆黒の瞳は、一度ゆったりと瞬いてからフィリーナへと戻ってきた。

「グレイスが王位に就けるのは、私の身に何かが起きたときだけだ。それをわかっているからこそ、君の手を汚そうとしたのだろうからな」

 夕焼けのお零れをささやかに宿した瞳がゆらりと揺れる。
 背筋をしゃんと伸ばしたままの姿の中、見たことのない切なさに胸がずきりと痛んだ。
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