冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「……ディオン、様……」

 一人で立っている姿はとても潔い。
 けれど、あまりに頑なだと、どこか一箇所でもヒビが入れば全部が崩れてしまうのではないかと、フィリーナは不安になった。

 立ち上がったのは無意識だった。
 拳を握った高貴でたくましい腕に、支えるようにそっと手を添えた。

「わたくしが、ディオン様をお助けいたします……」

 はっと目を見開きこちらを向く漆黒の瞳。
 橙色を挿したそこが、にわかに揺れる。

「ディオン様やダウリス様のように、剣術が使えるわけではありませんが、……ディオン様がわたくしに言ってくださったように、わたくしもディオン様をお守りします」

 触れてわかった、ディオンの腕の強張り。
 身の程を知らないフィリーナの言葉に、ふっとその力が抜かれた。

「頼もしい限りだな。やはり強い娘だ」

 それまでで一番柔らかく細められる瞳に、胸が大きな鼓動を打つ。
 たくましい腕に触れた手に、大きな掌が重なってきた。
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