冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 とんと辿り着いたのは、温かな場所。
 かすかに香ったのは、薔薇の香りだ。
 頬に触れたディオンの胸元から、ささやかな鼓動が耳に直接伝わってくる。
 掴まれた手はそのままに、たくましい腕がフィリーナの腰を抱いた。

「君は強いようでいて、しかしまだずいぶんと初い娘だな」
「でぃ、でぃ、ディオン様……っ!?」

 澄んだ声に意地悪なことを言われ、心臓がどこにあるのかわからなくなるくらい混乱する。
 そんなフィリーナの動揺を知ってか知らずか、ディオンはさらにフィリーナの身体を深く包み込み、その耳元で低く囁いた。

「だが、とても心強い。
 ……ありがとう、フィリーナ」

 フィリーナは、抜け出そうとしていた身体の強張りを緩める。
 やっぱり、ディオンは真実に心を痛めてしまったのだと、罪の意識が降り積もる。
 しゅんと大人しくなると、そっと腕が解かれた。
 不意に過ぎった淋しさは、まだ彼を支えていたかったという、あやふやな正義感で誤魔化した。



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