冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*

 ほうきを手にして長い回廊の端から、何本もの太い柱が並ぶ遠くを眺めて立ち尽くす。
 ちり一つあるようには見えない景色に、溜め息を吐いた。

 ――……さっきもこの長い回廊を隅々まで掃いたばかりなのに。

 きっと掃除をしてもしなくても、言われることは同じだったのだろう。
 先日のことがあってから、このくらいのことで済んでいることにありがたみすら感じる。
 もう一度溜め息を吐いて、早く戻ればまたそれなりのお小言が待っていると諦めをつけ、今日二度目の回廊の掃き掃除に取り掛かった。

 誰の気配もない回廊に、床を吐く音だけが規則的に鳴る。
 柱が切り取る外の景色に目を移すと、白い鳥が数羽青い空を渡って行った。

 ――あの鳥ですら、気の合う雄と雌がつがいを作るのに……
  なぜ人は、思いの通う相手と結ばれることは、許されないのだろう。

 不意に過るのは、グレイスがレティシア姫のことを幸せそうに話していた姿。
 決して結ばれることない二人の想いに、胸が切なくなる。
 そして、国のため、二人の想いを遂げさせてやれないディオンの重責を担う漆黒の瞳に……鼓動が乱れた。
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