冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ぼうっと突っ立っているところを見つかりでもしたらいけないとほうきを動かす。
 少し進むと数歩先に、赤い薔薇の花びらを一枚見つけた。

 ――もしかしたら、メリーはこれのことを言っていたのかしら……

 風に運ばれてきたのかもしれない、と首をかしげて拾い上げると、

「大丈夫か?」

誰もいないと思っていた回廊で、突然聞こえた声に心臓が大きく飛び跳ねた。
 咄嗟に身を縮め、恐る恐る声のした方を向く。
 太い柱の陰にもたれていたのは、腕を組んだディオンだった。

「溜め息を吐いていた。疲れているのか?」

 義務的に聞こえるけれども、そこには優しさが含まれていてほのかに胸が火照る。

「い、いえ、大丈夫でございます」

 険しい表情をしていたものの、フィリーナが答えるとディオンは小さくほっと息を吐いた。

「ダウリスが、君がずいぶんとメリーにこき使われているようだと知らせてきた。
 過酷な労働を押し付けているようなら、対処するが」
「大丈夫です、このくらいならいつものことですし」
「君が倒れでもして、私も支えを失っては、心もとなくなってしまうからな」
「え……っ?」
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