冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「ディオン様」
「なんだ」
「ところでディオン様は、たしか今頃は、明日のお召し物の着付けの仕度をなさっていたのでは?」
「……」

 そういえばと思い当たり訊ねると、漆黒の瞳はぎくりとした様子でフィリーナからぎこちなく視線を逸らす。
 いたずらが見つかった子どものようにうなだれると、ディオンは口唇を尖らせた。

「最初に着たものでいいと言っているのに、まるで着せ替え人形のようにくるくると身体をいじくり回されてな。うんざりして逃げてきたところだ」
「まあ」

 いつだって威厳を醸し、毅然としているディオンからは想像できないやんちゃな姿に、くすくすと思わず笑いを零してしまった。

「笑い事ではない。あんなに脱ぎ着を繰り返させられては、明日を迎える前に風邪を引いてしまう」
「明日は大切な日でございますから。家臣の者達も、王太子には恥をかかせたくないのですよ」
「気持ちはわかるが……」
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