冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 それを合図に、上座ですっと立ち上がったレティシア姫。
 その細い手を掬い取り、玉座に導くグレイスの表情は遠くフィリーナの並ぶ壁際からはうかがうことができない。

 どんな思いで、あそこに立っているのか……
 愛する人の手を取り、送り出す先は自分とは違う男性の元。

 ――本当は、ご自身がその手を受け取りたかったはずなのに……

 ひしひしと伝わってくる気がするグレイスの心が、ますますフィリーナの胸を痛めつける。
 眩しい光の中、並んで立つディオンとレティシア姫の姿に、懸命に目を向ける世界がじわりと滲んだ。



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