冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 音楽隊が奏でる優雅な曲の中、感嘆の声と拍手が起こる。
 中央階段から降りてきた二人の姿に、舞踏会場の視線は集中していた。
 煌びやかな人達の中に埋もれ、その隙間から遠くを見やる。

 一段下を行くディオンに手を取られ、階段を下るレティシア姫。
 会場の真ん中に着くまでに、二人の邪魔をしないよう来客達は端へと捌けていく。
 大勢の人に見守られながら、今宵の主役二人が向かい合いお辞儀を交わす。
 手を取り合うのを合図に、音楽隊は曲目を変えて演奏を始めた。

 いつか、ディオンの部屋で見たときと同じ光景。
 だけど、あのときとは違い、今日はディオンがレティシア姫をリードして優雅に踊りだす。
 感嘆の溜め息を吐く人達の合間から見る光景。
 今夜はあのときのような微笑ましい感情で、二人を直視することはできなかった。
 
 提供するグラスがなくなった頃、会場には盛大な拍手が沸き起こる。
 横目に入ったのは、会場の中央で周りに向けてお辞儀をする二人の姿。
 音楽が終わり、最後に微笑み合う二人。
 遠くに見るその光景に、軋む胸の音を密かに自分の中に聞いた。
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