冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――“レティシア、愛している”。

 ワゴンのキュルキュルと鳴る足音をぼんやりと聴きながら、また昨日のことが思い出される。

 ――あれは本当に、グレイス様とレティシア様だったのかしら……

 もしかしたら、あれは昨夜見た夢だったのかもしれないと、考えすぎて記憶が混乱しているのではないかと思った。

 ――でもあそこに繋がれていたのは、間違いなくグレイス様の馬。
   あれだけ手入れのされた白馬なんて、そうそういるものでもない。
   それに馬車だって……

 記憶違いとも思えないような光景が頭から離れないまま、フィリーナは一礼して広間に入る。
 いつも堂々と顔を上げているわけではないけれど、今日は一段とうつむき加減で高貴な二人の気配に近づいた。

 相変わらず、朝陽はお二人を照らすために存在しているようにさえ思える。
 あまりの神々しさに緊張するのはいつものことだけれど、近づく足取りは普段より一層ぎこちなくなっていた。
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