冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 指名を受けたとき、フィリーナはほんの少し浮かれた。
 あの高貴なお方のお世話ができるなど、フィリーナの人生でももう二度とないかもしれなかったからだ。

 決して粗相のないよう、ドレスとコルセットの解き方を頭の中に思い描く。
 美しい髪は傷めないように退けてなければならない。
 あの艶やかな黒髪は、きっと絹のような触り心地なのだろう。
 考えただけでもうっとりするようなレティシア姫の美しさに、頬が上気した。

 お休み前に飲んでもらえるように、紅茶を一式用意しワゴンで運ぶ。
 ひとつ呼吸をして気持ちを整え、レティシアが待つ部屋の扉を叩き返事を待った。

 柔らかな物腰の声が返されることに胸を膨らませる。
 けれど、三呼吸、四呼吸待ってみても、なかなか返事がなかった。
 お気づきにならなかったのかしらと、もう一度扉を叩くと、今度は五呼吸目を数えようとしたところで、ようやくかちゃりと扉が開かれた。
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