冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「え、は、はい……そうでございます」

 突然口にされた自分の名前に驚いて顔を上げる。

 ――なぜ、私の名前をご存じなのだろうか。

 当然に湧く疑問は、美しい見目に吹き飛ばされる。
 さらさらの黒髪が細い肩から流れ落ち、大きな紫色の瞳がフィリーナの動きを封じた。

「一番若い娘を侍女として寄越してほしいとお願いしたの。
 あなたのことは聞いていたわ、グレイス様から」

 見惚れていた美しさから、はっと目が醒めた。
 文でも使って、密に連絡を取り合っていたに違いない。

「あなたも知っているのでしょう? あたくしとグレイス様がどのような仲なのかを」

 薄く微笑む表情は、麗しさが手伝ってとても儚い。
 二人の哀しいほどの関係を知るフィリーナの胸はぎゅっと苦しくなった。

「お二人には、……幸せになっていただきたいと、思っておりました」

 素直な胸の内を打ち明けると、レティシアは嬉しそうに微笑んだ。
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