冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「今日はレティシアが来る日だったね」
「ああ」

 そっけない返事を返されるも、構わずまろやかな声で他愛ない話を振るのは、白銀の髪の王子。
 バルト国第二王子、グレイス・バルティア。
 朝陽を取り込む窓を背に髪と肩を揺らす美しい姿は、男女を問わず目を引く高貴さ。
 例に漏れず、使用人として働くフィリーナもまた、その見目麗しさに心奪われている一人だ。

 その高貴な人が話しかけているのは、もちろん使用人のフィリーナなどではない。
 国の筆頭である主から声を掛けられるなど、低身分の人間への処遇としては破格のことだ。

「先日届いた書簡に気になることが書かれていた。レティシアにも詳しい話を聞きたいと思っている」

 グレイス王子とテーブルの隅を挟んで座っているのは、彼とは対照的な艶やかな黒髪の持ち主。
 漆黒の瞳は凛とした眼差しで常に世の中を見据えていて、端整な顔立ちはグレイス王子と甲乙つけがたい美麗さだ。
 バルト国第一王子、次期国王となるディオン・バルティア王太子は、グレイス王子と血を分けた兄弟とは思えないほどの冷淡な雰囲気を纏っている。
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