冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「ディオン様には、わたくしがお伝えしました。
 グレイス様の想いを、何とか叶えていただけないかとお願いいたしました」

 グレイスは軽く鼻で笑うと、ディオンに向けていた短剣をすっと下ろしてくれる。
 身体の震えは止まらないものの、危険な状況がなくなったことにはほっと胸を撫で下ろした。

「こんなところで兄さんを殺っても、言い逃れなどできず重い罪に問われてしまうだけだ」

 腰元に付けていた鞘に短剣を収めてから、グレイスはフィリーナを見下ろす。

「この人に何を言っても無駄だと言ったろう。国と国民を守るため。それだけのことしか考えていない堅物には」

 碧の瞳で見下ろされると、無条件に弾けていた胸は冷ややかに震える。
 腰を力任せにぐっと引き寄せられ、優しさを感じない胸に密着した。

「グレイス……っ」

 苛立ったように呟くディオンは、危険から解放されグレイスに迫る。

「何をそんなに苛ついている? これが他の男に触られるのがそんなに嫌か?」

 あざけるように言うと、グレイスは再びフィリーナの顔を引き寄せ、見せつけるように頬ずりした。
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