冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 じわりと滲んだ視界の中で、ディオンは表情を見せない。

「フィリーナ……」
「失礼いたしました。お言葉が過ぎました……」

 主に対して口をきくなど、使用人としてあってはならないことだ。
 それなのに、いつからか身の程を知らない想いが、欲深な感情を走らせるようになってしまっていた。
 
 ――本当は嫉妬していただきたかったなんて、そんなこと口にできるはずはないのに。

「ですが、わたくしは謝らなければなりません。グレイス様との密事に溺れて自分の心を盲目にし、ディオン様に手を掛けようとしてしまったことは事実なのですから」

 深々と頭を下げると、ディオンの足が一歩フィリーナの方へと踏み出される。

「フィリーナ」

 名前を呼ばれお辞儀から直ると、ディオンは誰もいない廊下の隅でそっとフィリーナを抱き寄せた。
 もう二度と触れられないと思っていた温かさに、心臓が大きく脈を乱す。
 かっとたぎった頬を優しい掌が包み込み、ぐっとディオンの胸元に閉じ込められた。

「グレイスには、どこを触れせたのだ」
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