冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「死して何を償うというのだ。平穏をかき乱すだけ乱して、自分は早々にそこから抜け出すつもりか」
「ディオン様……」

 国王に向ける強い眼光は、次期王たる威厳を存分に宿していた。

「あなたの身勝手な思いのせいで、子息である私が命を狙われるのは仕方のないこと。だが、平穏無事に人生を送っていたこの娘が、どれだけ危ない目に遭っていたのか知りもしないくせに、腑抜けたことを抜かすな!」

 大きな声で国王を叱責するディオンは、一度深く瞬き、深呼吸をして自分で自分を諫める。

「……事情は理解した。あなたには早急に王位から退いてもらう。
 バルトもヴィエンツェも、あなたの私欲のために振り回されてなるものか。
 失礼する」

 ディオンはフィリーナの手を取り、足早に部屋を後にしようとする。

「ディオン」

 呼びかける国王に、ディオンは振り向きこそしないものの足を止める。

「ワタシは、お前のその責任感の強さこそが、国王にふさわしい器であると思っている」

 国王が伝えようとしていることは、当事者ではないフィリーナにも理解できた。
 ディオンの人となりも、きちんと見ていると言いたいのだ。
 けれど、斜め後ろから見るディオンの表情は、暗くてよく見えない。
 何か返事をするのかと思ったけれど、そのまま何も言わず、フィリーナを連れて部屋を出ていった。




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