冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*

 手を引かれ、今だ表情をはっきりと見られないまま、ディオンの部屋の前に着く。
 扉の前で待っていたらしいダウリスが、心配な様子で近づいてきた。

「どうかなさいましたか」
「いや、今日は疲れた。
 ……今夜はもう下がってよい」
「……御意に」

 少しだけ後ろ髪を引かれるような顔をしたダウリスは、フィリーナに任せたというような目配せをして去って行く。
 ダウリスが心配するほどのディオンの様子が気がかりで、呼びかけようとすると、表情を見せてくれないまま扉を開けたディオンは、誰も居なくなった廊下からフィリーナを部屋の中へと引き込んだ。

「ディオン様……っ、あの……」

 勢いよく閉められた扉を背にしたフィリーナを、ディオンの影が覆う。
 ようやく見ることができたディオンの顔。
 漆黒の前髪の裾野では、今にも崩れてしまいそうな瞳が酷く揺れていた。
 先ほど国王の前で見た強さは儚げに散り、胸を掻きむしるほどに弱っていた。
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