冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ディオンの苦しみが、瞳を通じて直接フィリーナに伝わってくる。
 自身が信じていた思いが、砕けてしまっているよう。

「ディオン様……っ」

 喉の奥からディオンの名前とともに、苦しい気持ちがせり上がってくる。
 鼻の奥が痛み、目からぽろぽろとディオンの思いの欠片を包んだ涙が溢れ出した。

「なぜ、君が泣くのだ……」

 自身が一番辛いはずのなのに、とても優しい指がフィリーナの涙を拭ってくれる。

「ディオン様は、この国に必要なお方です……っ」
「君は本当に優しい娘だ」
「今まで、実際にこの国を支えてこられたのは、ディオン様とグレイス様のお二人ではありませんか……っ!
 ディオン様はこれまで、お国のために全力を尽くしてこられました。それは家臣も国民も、そしてグレイス様も、皆が知っていることです!」

 どうしてそんなこと……、と掠れる声がディオンとの間に落ちる。
 それでも薄く口元に引かれた笑みは、務めて穏やかな声を出した。
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