冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「泣くほど悲しいようなことでもないぞ?
 グレイスのために、自分の生涯を終わりにすることもできるのだろうが、許されるのなら、せめて、ただ愛する者達の幸せを願いながら生きていく。
 それもまた、私の人生にあってもいい道なのではないかと思っていたのだ」

「そんなこと……っ」

 せっかく拭われた涙は、止まることを知らない。
 国のために自身の全部を捧げてきたディオンに、そんな辛い選択などしてほしくないと、フィリーナは温かな掌を解くように頭を振った。

「君にもいつか愛する者ができて、子を宿し、家族とともに幸せに生きていくのだろう」
「わ、わたくしは……っ」
「時々でいい。あんな輩がいたと少しでも思い出してくれることがあれば――……」
「わたくしはっ!」

 辛いはずなのに、それをあたかも幸せであるかのように錯覚を、叱咤するように思わず遮った。
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