冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「お咎めはなかったか?」

 甘くまろやかな耳触りのいい声。
 まさかこんなところで聴くことなんてありえるはずはないと思いつつも、フィリーナはしゃがみ込んだままその声の方へと振り返った。

「メリーは昔からおっかないからなぁ」

 水汲み用の桶を小脇に抱えて立っていたのは、水浸しの洗濯場なんてまったく似合わない煌びやかな人。
 頭の隅にも一片だって、ここに現れるなどとは思っていなかったその人は、白銀の髪を揺らして微笑んだ。

「……っ、グ……!!」

――グレイス様……っ!?

 声にならない声が喉の奥に詰まり、フィリーナははわわと口を震わせ慌てて立ち上がった。
 足元のたらいに足がぶつかり、中の水がばしゃりと弾ける。
 スカートの裾が濡れるのも構わず、深々と頭を下げた。

「かしこまることはない。誰も見ていないから叱られることはないよ。頭を上げて?」

 優し気な声に言われるがままおずおずと直ると、グレイス王子が太陽よりも眩しい笑顔でフィリーナを見ていた。
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