冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 熱い掌に溶かされてしまいそうだ。
 薔薇の香りで満たされ、眩暈を起こしそう。
 くらりと揺れる頭が足元をふらつかせると、背後の扉に背中をつくフィリーナを、またディオンの影に囲われてしまった。
 すかさず覗き込んでくる漆黒の瞳。
 それまでになかった妖しげな光がかすかにそこに宿り、フィリーナを映してゆらりと揺らめいた。

「フィリーナ……教えてくれ、君の気持ちを」
「ディオン様……」

 瞳の奥の光が、心を覗き込んでくる。
 逃げることなど許さないという強い思いが突き刺さってくる。
 そんな風に何かを期待されてしまうと、身の程を知らない思いが溢れてしまいそうになる。

「ディオン様がこの国を去られるというのなら、わたくしも誰も知らない国で、ディオン様と一緒に生きていきたいと思っております」

 顔も、身体も、心も、ディオンへの想いに熱をくべられ、火を噴いているようだ。
 フィリーナの言葉が意外だったのか、期待に揺れていた漆黒の瞳は驚きに見開く。
 固まるディオンに、フィリーナはもう止めることのできなくなった想いをそっと口にした。
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