冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「わたくしがお慕いしているのは、ディオン様でございます……
 ……ディオン様は、わたくしのすべてでございます」

 もう心臓なんて、どの位置にあるのかわからないくらい、身体中が溢れる想いに湧き立つ。

「わたくしなんかでも、ディオン様のお心の支えになれるのなら、わたくしもご一緒に、この国から連れ立ってはいただけませんか……?」
「何を言っているか、わかっているのか……」

 もう一度頬に触れてくる掌は、かすかに震えていた。
 その手に自分の手を重ねてすり寄る。

「はい……もちろんでございます」

 深く瞬き、見つめ直した漆黒の瞳に、自分の影が見えた。

「どうか……わたくしも……」

 懇願するように呟く口唇を、温かな親指がなぞる。

「フィリーナ……」

 間近で囁くディオンの瞳は、長い睫の並ぶ瞼に薄く閉ざされていく。

「お慕いしております、ディオン様」
「私も、この上なく大切に想っている……」

 瞼を閉じたのは二人同時。
 直前まで、お互いを瞳に映していた。
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