冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 下り坂になってきた山道を降りてしまえば、ヴィエンツェ国が見えてくる。
 林の中、先頭を行くダウリスに次いで、二人で乗った黒馬に、グレイスの白馬が追いついてきた。

「昨日から思っていたんだが、……雰囲気が違うな、二人とも」
「特に変わったつもりはないが」

 革袋を腰に戻したディオンは、何ともなしに手綱を握り直す。
 フィリーナは一体何のことかと不思議に思うと、横目に見やった碧い瞳と目が合った。

「男女の契りでも交わしたか」

 目を細めるグレイスが、ぼそっと呟いた一言に、顔が一瞬でぼんと茹で上がる。
 そんなフィリーナを見たグレイスは目ざとく図星を見抜き、一度見開いた眼をまた疎まし気に細めた。

「ほう、僕に触れられるのは涙を流すほどのことだったのに、兄にはあっさりと捧げてしまったのか」
「え、そ、それは、あの……」
「心の問題だろう」

 動揺するフィリーナの後ろで、飄々とグレイスを牽制するディオン。
 長い指で顔を上げさせ、見せつけるように口づけを落とした。
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