冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*


「これは……」

 町を目の前に絶句し、吐息のように呟いたのはグレイスだ。
 林を抜けた山の中腹から見下ろした町は、緑の山々に囲まれた美しい土地に見えた。
 けれども、降りてきてみてどうだろう。
 歩道は草が伸び放題。
 畑もあったであろう場所は、歩道と見分けがつかないほどに荒れ果てている。
 それに、一番に気になるのは……

「なぜ誰もいないのだ」

 かつて歩道だったところは、踏みしめる人の往来がないのだとわかる。
 道沿いに並ぶレンガ造りの家々は、窓も扉も閉めきられていた。

「皆、家の中に引きこもってしまっている。今日は特に忍びで来ているからな。
 前に物資を運んで来た時は、荷馬車が進めないほど物乞いの人でごった返していた」

 少し前からヴィエンツェ国はこのような状態だったのだ。
 高い税を払おうにも、働く気力を養うための食糧がない。
 誰も働けないから、さらに食糧難が加速する。
 これが、傲慢な王政の下にある国の成れの果てだ。

 沈痛な面持ちのダウリスに率いられ、向かうのは町の奥にある城。
 この情勢を知ってもなお、ヴィエンツェの国王様は王政を正そうとはしていないのだろうか。
 沸き立つ苛立ちは、今日ここへ来た四人ともが共通して思っていることだろう。
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