冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
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 酷く傷のついた門を、甲冑を着た一人の門兵が守っていた。
 王政に反発する人達の意志が、数多に付けられた門扉の傷の向こうに見えた。

「バルト国のディオン・バルティアだ。国王陛下に謁見に参った」
「……は、ハッ!」

 顔を隠していたマントのフードを取ると門兵は驚き、慌てて門を開いてくれた。
 門を潜ると、ここもまた石畳の隙間から草が伸び、かつては潤っていただろう噴水は枯れ果てていて、ところどころにひびが入っていた。

 ――ここが、ヴィエンツェの王宮……?

 バルト国の城の華やかさと同じものは、どこにも見当たらない。

「いつからなのですか? こんなに荒れて……」

 今は使われていない馬舎に、ディオンは乗ってきた馬を繋ぎながら、雑草の茂る足元を見下ろすフィリーナに答える。

「先日訪問したときは、もう少しましだったがな。連絡なしに訪れるとこのありさまだ」
「使用人は……」
「賃金もろくにもらえない王宮からは早々に出て行ってしまっている」
「そんな……」

 愕然とするフィリーナは、先日レティシアが来訪した際に侍女を従えてこなかった理由がようやくわかった。
 門前の庭の先を痛々しく見やると、石造りの立派な建物は、ところどころが欠けたり黒ずんだりしている。

「レティシア……」

 不安げに呟いたグレイスを見ると、王宮を見やる目元を苦しそうに歪めていた。



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