冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 見ると、グレイスも下ろした腕の先で拳を強く握りしめているようだ。
 ここにいる誰もが、この情景を信じられず、国王に対する失望の念が伝わってくる。
 一刻も早くこの国を救わなければという思いに心が奮い立つのは、皆同じように感じた。

「あ、ああ、レティシアなら……」

 なぜか口を濁す国王は、ディオンから不自然に目を逸らす。
 国王の視線の先を辿るディオンが顔を向けたのは、広間から見える窓の外。

「あちら、ですか……?」

 ――え……?

ディオンの横顔がいぶかしく見つめる先には、離れの寂れた塔が見えた。

「は、はい、あちらに、おります……」

 国王の何やら歯切れの悪い返事が引っかかる。
 それに、レティシアはこの王宮内にはいないのはなぜなのか。

「レティシア……」

 小さく心配を零したのはグレイスだ。
 誰よりも先に身を翻し広間を出て行く。

「失礼いたします」

 ディオンもすぐに、グレイスのあとを追った。


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