冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*

 不安がよぎったのは、グレイスだけではない。
 この国の王女であるレティシアが、なぜあのような離れの塔にいるのか。
 たまたま今は、あちらに用があっただけだったのかもしれない。
 でも、国王が見せた動揺が、そこにいた全員にあまりいい想像をさせなかった。

 王宮の正面入り口から外に出ると、右手奥の方にさきほど広間から見た塔があった。
 二階建ての石造り、一見すると見張り台のような建物だ。
 足早にそこへ向かうグレイスに続き、ディオンとダウリスとともにフィリーナも近づいていく。
 近づいてわかったのは、塔の足元には蔦のつるが石の壁を沿い上へと手を伸ばしている。
 ぐるりとはびこるような蔦の上。
 城壁の外を臨むように作られたバルコニーのような場所があった。
 傾きだしたばかりの太陽の下に、人影が見える。
 照らされるバルコニーの方を見上げたまま、グレイスが立ち止まった。
< 255 / 365 >

この作品をシェア

pagetop