冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 そばまで追いつくと、バルコニーに見えた人影が二つ重なり合っているのがわかった。
 眩しさに手をかざし、なんとか視界を確保する。

「レティ、シア……?」

 呟くグレイスにも見えたであろう二つの影は、レティシア姫とヴィエンツェ国騎士団長クロード。
 レティシアを後ろから抱きしめるクロードは、そのまま振り返ったレティシアと口づけを交わしていた。
 
 どくりと心臓が嫌な音を立てる。
 今までずっとフィリーナの中でくすぶっていた違和感が、今ようやく拭われた瞬間だった。

 先日の夜、寝屋の手伝いをせずに済んだときのこと。
 クロードは、やはりレティシアのお着替えの最中も、そばにいたのだ。

 ――いえ、あるいは……

 フィリーナがあの場所へ出向き、しばらく返事のなかった時間。
 二人は部屋の中で、何をしていたのだろうか。
 今目の前で見ている光景を、あの日の部屋の中の様子に当てはめていると、

「グレイス……っ!」

 フィリーナは、突然上げられた声にはっとする。
 視線を下ろすと、ディオンの呼びかけに応えなかったグレイスが、塔に向かって駆け出しているところだった。
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