冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「行こう。兄さんとは話がついた。
 バルトに君を迎え入れ、僕と一緒になることができる……だから……」

 まろやかな声が、愛しい人へ優しく向けられる。
 それとともに、綺麗な手が、二人の姿を包む明るさの方へと差し伸べられた。
 逆光になる二人の表情はあまりよく見えないけれど、レティシアとクロードが顔を見合わせたことはわかった。

「レティシア……?」

 待ってみても、差し出された掌に、呼びかけられたレティシアの手は重なってこない。
 一筋の風も流れてこない静止した部屋で、グレイスの伸ばされた手に耐えがたいほどの切なさが降り積もった。

 誰が見てもわかる。
 レティシアとクロードのただならぬ関係性。
 ただの王女と従者という間柄ではないということ。

 ――グレイス様……っ……

 部屋を見渡す視界がじわりと滲む。
 やっぱり二人は想い合っていたのだ。
 寝屋の手伝いに行ったときに、違和感の元をもっと注意深く探さなければいけなかった。
 そうすれば、ずっと強い意志で、グレイスの心に傷がつかないようにと、役に立てることがあったかもしれないなのに。
 こんな風に、グレイスを辛く哀しい状況に遭わせることはなかったかもしれなかったのに。
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