冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「バルト国の王位は、グレイス様が継がれるのですか?」

 静止した部屋を動かしたのは、とても柔らかな声。

「あ、ああ、そうだよ。僕が国王の座に就くんだ。兄さんは、王政の一切から手を引く。
 ……僕達のために、国も出ると言ってくれた」

 言葉を交わされているのに、どうしても心が通い合っているようには感じられない空気に、胸が張り裂けそうに痛む。
 必死に届けられるグレイスの言葉は、必要な情報だけが抜き出されレティシアへ伝えられているよう。
 そこにあるグレイスの想いは、バルコニーに届く前に零れてしまったように感じた。

「レティシア、話を聞かせてくれ」

 あまりに痛々しい空気を割ったのはディオンだ。
 姿勢を正し、グレイスの前に悠然と出ていく。

「ええ、どういったお話がお望みですの?」

 その間もずっと、レティシアはクロードに寄り添ったままだ。
 もう関係を隠す素振りも見せず、逆に見せつけるかのようにクロードはレティシアの細い腰を引き寄せた。
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