冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「もっと早くにこうしておくべきだったな。
 一度バルトに戻ろう。まずは、国民の支援が先だ」
「はい」

 ディオンの視線の先には、きっともう国の未来が壮大に広がっているに違いない。
 まだ身体に残るディオンの温もりと、包み込むように触れてくれた口唇の感触が、過った淋しさを慰めてくれる。
 こうやって、遠い存在となってしまう尊い彼の名残りを、少しずつ思い出しながらこれからを生きていけばいい。

 王宮の外へと出ると、まだまだ陽は高い。
 青い空はヴィエンツェのこれからの明るい未来を待ち望んでくれているかのようだ。

「国王は然るべき対処を考えなければ」
「レティシア様とクロード様は……」
「二人は、考えを改めることができるのなら……考えていることはある。それよりも……」

 口にされずともわかるのは、この事態に一番心を痛めている人のこと。

「グレイス様のこと、ですね」
「ああ」

 塔へと戻る足を止めるディオンは、漆黒の瞳にわずかな淋しさを揺らしてフィリーナを見つめた。
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